中学のとき、重度の真珠腫性中耳炎という耳の病気にかかりました。手術を何度も繰り返し、後遺症で聴力がどんどん下がっていきました。高校は、甲子園常連校の野球部。上下関係が厳しい中、監督や先輩の声が聞き取りにくく、悔しい思いをしていました。それからはずっと、聞こえないことがコンプレックス。営業マンになってからも、お客様にバレないように難聴を隠していました。そんな状態ですから、お客様の言葉を聞き漏らし、お叱りをいただくこと多々ありました。補聴器をつけることを決心したのは、7度目の手術後、27歳のとき。確かに聞こえはよくなりましたが、つけることが嫌でしかたがなかった。はじめは補聴器を全く好きになれませんでした。

この仕事を始めたきっかけは、忘れもしない1995年、阪神淡路大震災。ボランティア活動に参加したときのことでした。凄惨な現場を前にして、毎日自問自答していたんです。人の役に立つために、私に何ができるのか。なんのために生まれてきたのか。そのとき思い出したのは母の言葉。「あなたがこの世に生を受けたのは、何か役割があるからなのよ」「難聴は、あなたの運命なんだから仕方ないじゃない」。難聴が運命なら、難聴者の役に立つことが使命のはず。そこで当時、富山で会社員をしていた私は、会社を辞めてビジネススクールで学び、マンションを売って開業資金をつくりました。東京で開業したのは、同じように困っている方がいちばん多いエリアだと思ったから。妻と3歳の長女を連れて、ゼロからのスタートでした。

2002年に会社を設立してから、今では8店舗を運営するまでになりました。メーカーと共同で企画した超小型の「見えない補聴器」はおかげさまで、多くの方に支持をいただいています。けれど、まだまだ、やるべきことがたくさんあります。現在、約1994万人(人口の15.2%)といわれる推定難聴者数のうち、47%が聞こえていないことに気づいていない。36%が聴力低下に気づきつつ補聴器をしていない、という調査結果※があるんです。つまり80%以上の方が、難聴をほったらかしにしてしまっている。かつての私のように補聴器に苦手意識がある方が、社会にたくさんいる。だから私たちは補聴器のイメージを変えていきたいと思っています。

たとえば、メガネのような当たり前のツールにしたい。補聴器をつけることが当たり前になることで、より多くの人に、より豊かな人生を送ってもらいたい。そのためにリードビジョンは多店舗展開へと踏み出します。もっと身近に感じていただけるように、日本中のあらゆる駅にお店がある。それくらいの規模を私たちは目指します。ここに書いているのは、たくさんある夢のひとつ。これから実現したいことがリードビジョンには山ほどあります。もし少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ直接話を聞きにきてください。少しでも早く夢を実現していくために、一緒に夢を追いかけてくれる仲間に早くお会いしたいと思っています。